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空ノ可咲  ~ ウツケのヲカシ ~

 ウツケモン が my ヲカシ をつづります

レイエッセンスについて-3 輪花シリーズ

エッセンス レイエッセンス

レイエッセンスについて-1 - essence* × mizuho

レイエッセンスについて-2 唯我シリーズ - essence* × mizuho

からの続きです。

輪花シリーズ

は唯我シリーズの次に生れたエッセンス群で、(りんか)と読みます。趣からして唯我シリーズとは異なる波動を有しています。目に見える形でもそれは表われていて、ボトルのラベルに印刷されたエッセンス名が、丸みを帯びた丸ゴシックのような書体で、柔らかく親しみやすい感じがします。また、ここで初めてひらがな表記のエッセンスもお目見えします。

記事を書こうと、輪花シリーズに意識を合わせてみると、明らかに自分のステイトが、唯我の記事を書いていた時と変化しているのがわかります。これはもちろん個人の体感ですので、違っていたらご指摘いただきたいのですが、唯我シリーズ記事を書いていた時(唯我シリーズが必要な状態に置いてみた時)は、”真の私”を求める対象として見ていましたが、輪花の場合は、”真の私”は内側にあります。

パンフレットによると、 ただ”私で在る”力を知る へと導くエッセンス群とあります。以下に文章を引用します。

 

ただ"私で在る"力を知る

 

さあ安心してどこまでも"私"で在りなさい。

あなたはいつでも新しい始まりのなかにいるのです。

 

創造する源であり、体験する者であるあなたは、

今こそ地上で花開く。

学んできた方には、耳馴染みがあるかもしれませんね。ただ ”知っている” と ”それである” には大きな差があるので、「わかっているけど、どうしたらいいの?」という時にはぜひぜひこの輪花シリーズを飲んでいただきたいと思います。このような意図を持ったエネルギーが今この時代にレコーディングに応じてくれたわけですから、私たちはとても幸運だと思います!

私の感覚でさらに具体性に意識を向けますと、このエッセンス群は、真の私をより広範囲で深く味わうことを助けてくれるように思います。同時にそれをブロックしている要素に光を当ててくれ、より一層私たちが開き、安心して信頼して委ねていけるような励ましと支えを与えてくれるように感じます。

童話の ”北風と太陽” に出てくる太陽の存在を想い出しました。その暖かさは、ゆるくもぬるくもありません。私たちの上着を脱がせることを支持してくれるのですから、結果として実質的で深みのある学びと体験をもたらしてくれます。

イメージしやすいように例を挙げますと、今私が飲んでいるエッセンスは、【 女神の休日  A Goddess Holiday 】 と、【 覚信開光道 (シンズルヲサトリテヒカリノミチヒラク) The Golden Way で、双方とも私のテーマの領域に重要な体験をもたらしてくれているのですが、わかりやすく書けそうな女神の休日について書いてみようと思います。

女神の休日からのギフト ”off”

長年体験したいと思っていたのは、アウトプットの新しい経路です。その部分に不健全なエネルギーが蓄積されていることに向き合ってみようと思いました。私が行動(表現)できないのは、動機の欠如であるところまではわかっていました。また、私が普段の自分からは想像もつかない行動力を発揮するときは、ほとんど顕在意識が感知することなく、何かに動かされているように起きてきます。しかし、それはまだらにしか起きてきません。よって体感としては、私はエゴである。がベースとなってしまいます。

数年前に、顕在意識で認識できる動機(欲求なのはわかってはいましたが)に従ってみるという実験をある程度長いスパンで許してみました。一時的には、体験したことのないボリュームの喜びを経験できましたが、後半はやはりエゴにまみれて欲求が満たされ続けることが不可能であることが強調され、苦しくなって実験終了となりました。

様々な検証を重ねた後、完全なる委ねの領域を体験する必要があることを再認識し、これ以上出来ないというくらいペースを落とした生活を試みました。女神の休日エッセンスを摂ったその夜、横になった途端、地面が泥のようになり、私はどこまでも沈んでいきながらいつの間にか寝ていました。眠りに沈みゆくとき、これが本当の弛緩なのだ。私は真の意味で緩んではいなかったのだ。と知らされました。現象世界で生きていく際、完全に委ねること、解決に向けた行動をしないという選択は大変勇気が要るもので、その為に信頼のエッセンスがサポートに加わってくれたのだと思いました。

以下に女神の休日の解説を引用します。

すべてをやめる、何もしない時間。

休みだからこれをしようか、ともしない。

 

さあ安心してスイッチを切って。

本当のoffを体験しましょう。

 

すべてをoffにしても

私が失われることはなく

すべてをoffにすることで

表れ出るものがある、流れ始めるものがある 

最後の文章、これを私は体験したくてこの3ヶ月意識を向けてきました。

このワークの最中、今まで感じてきたたくさんのピースの一部がはまりはじめ、やっと初めて精妙レベルでの動機の存在が見え始めたところです。”どれも違う” に囲まれてきたと感じていましたが、それらがある位置にはまりだすと、振り子が揺れて反対側に今まで見えてこなかった像が見えてきたのでした。

いよいよ動くぞ、たいがいそろそろ動かなければ! と思っていた矢先に、足を負傷して物理的に勢いよくステップを踏み出せなくなりました(苦)。体の声を聞いたり、内観したり、やたら眠っていたり・・・offの領域へと溶けてゆけるポテンシャルを感じ、今は内側のエネルギーが収まるところへ収まるのを見守る時なのだと知らされました。ならば、中途半端な行動で埋めたくない、letしようと思っているところです。そうこうしている間に、全く新しい情報と新しいスペースがもたらされ、私の動機はますます存在を明確にし始めています。

今回は個人的な内容が多くなってしまいましたが、エッセンスのセッションの時以外の、パーソナルな領域(これも幻想なのでしょうが)・・・サバイバルに関する観念的な恐れの向こう側、縦軸にエネルギーが連続して自由に通り抜けられるようなBeingでありたい、let it happen できますように。それを体験してみたい。これが今の私の内から起きている願いの全てです。

 

最後に今感じていることを。SNSなどで、”こうなろうとしない、ただあるがまま。”とか、”やらなければならないことを辞めて、好きなことだけをする。”や、”まずは行動していくと自信がついて現実が変わる。”など、数限りない情報が溢れていて混乱したことはありませんか。私はガッツリしました(笑)。マスターやメッセンジャーたちはその時々必要な相手に最適なメッセージを発していて、それはすべて正しいのですが、botのような形で言葉の一部だけが切り取られて時を選ばずものすごい頻度でありとあらゆる人に拡散される昨今、受け手の責任は強くなっていると感じます。

異なるレベルに向けている言葉を文字列に変換して一列に並べたら、その間に矛盾が生じるのは当然ですよね。自分の反省から、自己を見る際、”何者”が望んでいるのか、”何者”が好きを発生させているのかの識別力、そして受け取った言葉の奥から真意を感じ取る能力は育てておきたいものです。また、Being、Doingという言葉の二元だけで理解しようとすると、観念の罠にはまって身動きが取れなくなりました。

文字をエネルギーに変換して受け取るのが難しい時は(単なるコピー&ペーストの場合、本来のエネルギーが乗っていないように感じることもあります)、いったんその世界全体をスルーして、精なるエネルギーレベルに、エッセンスや自然界、瞑想などを通して再度つながりなおすのが良いなと感じています。・・・結構スルーしているようで、影響を受けてしまいますからね。と自分の失敗談を披露したところで本日は終わる模様です(苦)。

 

つづく。

 

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戸隠神社のこの大木は突然アツイエネルギーを放射し始めました。大きな存在!大好きです!

 

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